宮城

仙臺大神宮(仙台市青葉区)

仙臺大神宮(せんだいだいじんぐう)は、伊勢神宮を本宗とする由緒ある神社です。

そのため、「宮城のお伊勢様」として地元で親しまれています。

また、県内で初めて神前結婚式を行った神社であり、夫婦神の伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀っていることから「縁結びの神様」としても知られています。

仙臺大神宮の神様

ご利益

  • 生命力UP
  • 五穀豊穣
  • 開運
  • 勝負運・仕事運UP
  • 縁結び
  • 子孫繁栄

どんな神社?

明治時代、政府は神道を国教とする方針を打ち出していました。(参照:神仏分離

政府の方針に準じて明治4年(1871)、伊勢神宮が布教活動のために伊勢に「神宮教院」を開設します。

教院の東北本部として、明治14年(1881)に伊勢神宮から神様を招き祀ったことが仙臺大神宮の始まりです。

仙臺大神宮のある場所はもとは伊達家の重臣・茂庭氏の屋敷跡で、それが由縁で境内には仙台の地名の元となった「千体仏(千躰仏)」の一部が保存されています。

そのため古くは「千体仏屋敷」とも呼ばれていました。

千体仏は神社に由来するものではなく、もともと屋敷の主であった茂庭氏が管理していたもの。そのため一般公開はしていませんが、千体仏を祀る小社があります。

茂庭周防屋敷跡とは?

伊達政宗に仕え、伊達家臣として政宗公の生涯を最初から最後まで見届けた唯一の重臣・鬼庭綱元。

その孫にあたるのが、茂庭定元(通称:茂庭周防)です。

茂庭一族は代々伊達家に仕え、茂庭周防は伊達家を二分する「伊達騒動」が起こった際、藩のために忠誠を尽くし奔走した人物として知られています。

ふくれん
ふくれん
歴史ファンによく知られているのは、おじいちゃんの鬼庭綱元のほう。豊臣秀吉に気に入られ何度もヘッドハンティングされるほどの、凄腕の人物でした。

ちなみに、当初は「鬼庭」と名乗っていた綱元(おじいちゃんのほう)でしたが、豊臣秀吉が「鬼が庭に住むっていう名前は縁起が良くないんじゃない?」といい「茂庭」の姓を与えたため、その後は茂庭と名乗る様になりました。

ちなみに伊達騒動って何?

伊達騒動(寛文事件)をザックリと説明します。

事の始まりは、仙台藩第3代藩主の伊達綱宗が藩主の仕事もそっちのけで、遊びまくったことでした。

酒や遊興にふける綱宗に、重臣たちや親戚の大名が注意しましたが、当の本人はまったく聞く耳を持ちません。

あまりのバカ殿っぷりに、藩の行く末に危機感を持った一門や家臣たちは、遂に幕府に綱宗の隠居願いを提出しました。

そうして、わずか2年で幕府によって隠居を命じられた綱宗。四代藩主には嫡男・亀千代(後の綱村)が家督を継ぐことになりました。

ですが亀千代はまだ2歳。

そのため後見人として、綱宗の叔父・伊達宗勝らが、藩政の実権を握ることとなりました。

このことで以前からあった家臣の対立が悪化、さらに宗勝が好き勝手やった事で家中は大混乱します。

挙句の果てには亀千代暗殺未遂事件や、対立する家臣同士で刺殺事件まで起こる始末。

このお家騒動に、それまで仲介に協力していた幕府も流石に怒りました。

結局、まだ2歳の亀千代に藩主としての責任はなく、後見人である宗勝らが幕府に処罰され、お家取り潰しは間逃れたという一連の事件が「伊達騒動」。

その後、伊達騒動は人形浄瑠璃や歌舞伎でも演じら江戸庶民に大人気となり、近年では大河ドラマになったりと、全国的に有名になりました。

仙臺大神宮の御朱印

  • 受付時間9:00~(予告なしに変更あり)
  • 初穂料300円
  • 直書きでいただけます
  • オリジナル御朱印帳はありません

仙臺大神宮へのアクセス

  • TEL:022-222-2113
  • 所在地:宮城県仙台市青葉区片平1丁目3-6
  • 交通:仙台市営地下鉄・東西線「大町西公園」徒歩3分

参拝可能時間

  • 参拝のみ終日可能
  • 授与所は9:00~、終了時間不明(予告なしに変更あり)

駐車場

  • あり(無料)
  • ※境内駐車場は狭いため注意(周辺にコインパーキングあり)