神社の基本

神仏分離って何?

神仏分離とは、神社とお寺をはっきりと区別させることです。

明治以前の神仏習合時代には、神社とお寺に明確な区別はありませんでした。

1000年以上もの間、人々は神道である神社も、仏教であるお寺も、どちらも生活の中に取り入れて、神社もお寺も分けることなく大切にしていました。

ふくれん
ふくれん
日本人が宗教におおらかなのは、昔から様々な神様を大事にしてきたからかもしれませんね。

明治維新と神仏分離

そんな人々の生活に変化が起きたのは、明治維新後です。

明治になると明治政府が「神仏分離令」を出します。神仏分離令とは、天皇の権威を確立するために取り入れた「宗教政策」のことです。

これまでお寺と幕府は強い結びつきを持っており、お寺は徳川幕府の権威の象徴のような一面もありました。

そのため明治政府は幕府中心の世を変えるため、お寺を弾圧する政策をとり、神道保護を推し進めていきます。

強固な統一国家をつくるためには宗教的な支えが必要だとし、日本古来の神話や皇室崇拝にかかわる神様を崇敬することを国の政策に掲げました。

神仏習合時代には、神社に仏像や仏具があったり、お坊さんが神社に勤めていたり、かなり寛容的な時代が続いていました。

ですが神仏分離の政策によって、神社から仏教色を一切排除し、神社とお寺はまったく違うものとして分けられました。

現在は?

神仏分離令によって、弾圧されることになった仏教。

参拝に訪れた神社の歴史を調べるとともとは寺院だった、なんてことも少なくありません。

寺院として存続が厳しくなったお寺の一部は、神社として存続していく道を選んだケースもありました。

維新の混乱期を乗り越え、いままで大切に祀っていた神仏を守り続けた神社には、その痕跡があったりします。

例えば「権現」と名の付く神様は、もともと仏教的な意味が強い神様です。

またお寺にも小さな神社や、鳥居が残っていることもあります。これは神仏習合期の名残です。